鳥辺山にゆらぐ、焼身の亡霊
火前坊
かぜんぼう
煙の絶えぬ山で、僧たちは我が身に火を放った——彼岸へ渡らんがために。だが炎が消えても、渡りきれなかった者がいる。夕闇の墓地にゆらぐ赤い坊主は、いまも自らを焼きつづけている。安らかな来世を、まだ待ちながら。
Overview
炎と煙をまとった乞食坊主の姿をした妖怪。かつて葬送の地であった京都・鳥辺山に現れるという。火定往生を願って自らの身を焼いた僧のうち、現世への未練から往生を遂げられなかった者の霊が、火となって山にとどまったものとされる。
Encounter
立ちのぼるのは、火葬の煙が絶えなかった東山の裾。日暮れの山道をゆけば、墓標のあいだにぼうと赤い火が湧き、やがて炎に包まれた坊主の輪郭を結ぶ。合掌するでもなく、ただ揺らめきながら、成仏しきれぬ我が身をそこに曝しているという。
Lore
鳥山石燕『今昔百鬼拾遺』に描かれる。石燕によれば十世紀末頃、鳥辺山で高僧たちが身を焼いて極楽往生を願う焚死往生を行い、見物人も群れ集まった。その業火のなか往生を果たせなかった者が火前坊になったという。江戸・麻布の我善坊谷の地名にちなむ石燕の造語とする説もある。
Traits
実体を持たず、炎そのものが坊主のかたちをとった亡霊で、人を襲うことはない。近づく者を焼くよりも、往生できぬ苦しみをその身で示すように燃え続ける。葬地に生まれた怪だけに、この山を離れて現れたという話は伝わらない。