木からぶら下がる、薬缶の怪
ヤカンヅル
薬缶吊る / ヤカンズル
喉が渇いた、と誰にも聞こえぬ声で呟いてはいけない。木の上で、かたり、と音がする。振り仰げば、闇の中で薬缶がひとつ、静かに揺れている。ただ下がっているだけだ。それだけなのに、足は動かない。
Overview
ヤカンヅルは、信州(現・長野県)などに伝わる怪異。夜、山道や森を歩いていると、木の上から突然薬缶がぶら下がってくるという。何かが木からぶら下がってくる「サガリモノ」の怪の一種で、薬缶が下がる場合をとくにこう呼ぶ。
Encounter
夜遅く、山道や森の中を歩いているときに出くわす。木の枝からぶら下がってくるものには、馬の首や足のような動物のこともあれば、茶袋・茶釜のような生活用具のこともあり、薬缶がぶら下がっていればヤカンヅルである。
Lore
柳田国男「妖怪名彙」に、「夜遅く森を通ると木の上から薬缶が落ちてくる」という長野県の俗信として記録されている。伊那地方の「薬缶まくり」や、かつて飯田市にあった、薬缶が転がり落ちてきたという「薬缶坂」など、薬缶にまつわる怪異の名は土地にも残っている。
Traits
木の上から薬缶の姿でぶら下がってくるが、ただ下がっているだけで、襲いかかってきたり何かを奪ったりすることはないという。人に害を加えたという話は伝わっておらず、なぜ薬缶が下がるのか、その理由も分かっていない。