深山にともる、天狗礫の怪火
松明丸
山の夜に、ひとつの灯りがまたたく。旅人はほっと息をつき、その明かりを頼りに足を速める。だが近づくほどに火は遠のき、気づけば道はどこにもない。松明の名を持つ火は、行く先を照らしはしない。ただ、迷わせる。
Overview
鳥山石燕が『百器徒然袋』に描いた、体に火を纏った鷹のような妖怪。松明の名を負うが、その火は道を照らすためのものではない。深山幽谷の杉の梢に棲み、天狗が降らせる石――天狗礫――から放たれる光の正体ではないかと石燕は記した。天狗火の一種にも数えられる。
Encounter
出会うのは人里離れた山の奥、杉のそびえる谷あいの闇の中。梢のあたりに、松明のような火がぽっと灯って揺れる。石つぶてが不意に降りかかる天狗礫の怪と重なって現れ、夜の山道をゆく者の前をかすめては、その行く手を惑わせるという。
Lore
石燕は解説に「松明の名はあれども、深山幽谷の杉の木ずゑをすみかとなせる天狗つぶての石より出る光にや」と添え、この火を天狗礫の光になぞらえた。実用の灯りではなく、山を行く者の修行を妨げるものと解される。確かな民間伝承の報告は乏しく、その姿の多くを石燕の記述に負う。
Traits
火は羽にも爪にも宿り、闇にあってなお赤々と燃えるが、そのぬくもりで人を暖めることはない。杉の高みを住処とし、石の降る怪異とともに姿を見せては消える。近づく者の目を眩ませ、正しい道筋を見失わせる――照らすためでなく、惑わすために燃える火である。