火の玉を宿し、蜃気楼と消える汽船の亡霊
海妖
沖に灯りがひとつ。あんな刻限に、あんな所に、船などあるものか。目を凝らすほど、船は近づくでもなく遠ざかるでもない。――やがて船腹から、火の玉がひとつ、またひとつ。数え終える前に、海も船も、闇へ還る。
Overview
海妖は、幽霊船の一種として語られる海上の怪異。夜の海に、本来あるはずのない汽船が蜃気楼のように忽然と現れる。船内には無数の火の玉が漂い、しばらく揺らめいたのち、最後にいっせいに四方へ飛び散って、船影もろとも掻き消えたという。
Encounter
沖を行く船が、前方に見慣れぬ一隻の灯りを認めることから始まる。近づいても波音ひとつ立たず、その船は近づくでも遠ざかるでもなく、追う者をからかうように同じ間合いを保ちつづける。気づけば、自分の船がどこを向いているのかも、わからなくなっている。
Lore
幽霊船は水難に斃れた者の霊があらわれるものとされ、出没する時代に応じて帆船や汽船など、その頃の船の姿をとって現れると語られてきた。海妖もこの系譜に連なり、海上を漂う怪火・火の玉の言い伝えと結びついて伝わる。船幽霊や海坊主との境目は、必ずしも定かではない。
Traits
海妖はみずから人に襲いかかることをしない。実体をもたず、光と像だけで海上に船の幻を結び、船内をめぐる火の玉となって漂うばかりである。近づいて掴もうとすれば、光はほどけるように失せてしまう。害よりも、見た者の心を奪い、航路を見失わせるところに、この怪異の本領がある。