裏切られ、蛇となって鐘を焼いた女
清姫
約束は破られ、恋は炎に変わった。日高川を渡るころ、白い肌はもう鱗に覆われていた。鐘の中で震える男よ、逃げ場はない——愛と憎しみは、青銅すら溶かして流れ落ちる。
Overview
紀伊国牟婁郡真砂の庄司の娘。熊野へ参る僧・安珍に恋をしたが約束を破られ、激しい怒りから大蛇へと姿を変えた。日高川を泳ぎ渡って道成寺まで安珍を追いつめ、鐘の中に隠れた彼に巻きつき、炎を吐いて焼き殺した悲恋の女とされる。
Encounter
舞台は紀州から熊野へ通じる街道と、日高川のほとり、そして道成寺の境内。裏切りを知って追う女の姿は、道を進むうちに首から蛇へと変わり、川面では鱗に覆われた大蛇となる。鐘に隠れた者すら執念で探し当てる、逃れようのない追跡者として現れる。
Lore
原型は平安時代の『大日本国法華験記』や『今昔物語集』にみえ、熊野の僧に懸想した寡婦が蛇と化して鐘もろとも僧を焼く話として記される。室町期の『道成寺縁起』絵巻で庄司の娘という筋立てが整い、のち能や歌舞伎の題材となった。清姫の名は一七四二年初演の浄瑠璃に初めて現れる。
Traits
情念が極まると人の身を捨て、火煙を吐きながら全身を鱗に変える。日高川の急流も難なく泳ぎ渡り、青銅の梵鐘を溶かすほどの業火をまとう。ひとたび定めた相手はどこへ逃げても嗅ぎ当て、逃さない。焼き殺したのちは自らも入水し、蛇身のまま安珍とともに供養を求めたと伝わる。