井戸で皿を数え続ける女中の亡霊
皿数え
皿屋敷 / お菊
一枚、二枚……九枚。井戸の底から今夜も声が昇る。数えるたび、ため息のように夜気が震え、欠けた声はいつも十枚目の手前で途切れて、満たされぬまま朝を待ち続けている。
Overview
皿を割った咎で責め殺され、井戸に沈められた女中「お菊」の亡霊。夜ごと井戸の底から、皿を数える声だけを残すという。皿屋敷と総称される怪談群の主人公である。
Encounter
古井戸の残る武家屋敷跡や城跡が舞台となる。日が暮れて人気が絶えたころ、井戸の底から「一枚、二枚……」と皿を数える女の声が昇りはじめる。声は決まって九枚で途切れ、十枚目を待たずにすすり泣きへと変わって消える。その声を聞いた者には災いが及ぶと恐れられ、夜の井戸端に近づく者はいない。
Lore
皿数えは、皿屋敷と総称される怪談群に現れる女の亡霊で、姫路を舞台とする『播州皿屋敷』と、江戸番町を舞台とする『番町皿屋敷』が代表的な話型として知られる。
現存する最古の原型とされる『竹叟夜話』(1577年頃)は播磨国を舞台とするが、皿ではなく盃(アワビ)にまつわる話で、女性の名も「花野」であり、後世の皿屋敷とは細部が異なっている。1712年の『当世智恵鑑』には江戸牛込を舞台に皿を割る逸話が記され、1758年の『皿屋舗弁疑録』(馬場文耕)で江戸を舞台とする諸要素がまとまった物語として成立し、1741年の人形浄瑠璃『播州皿屋敷』を経て、現在知られる「お菊」という女性名や井戸にまつわる筋立てが定着したとされる。
播州皿屋敷では、家老・青山鉄山の主家乗っ取りを察知した忠臣がお菊を送り込むが、その部下がお菊に言い寄って拒絶され、報復として家宝の皿を隠し、お菊はその咎で命を落として古井戸に遺棄されたと伝わる。番町皿屋敷では、明暦3年(1657年)頃、旗本・青山主膳の屋敷で下女の菊が秘蔵の皿10枚のうち1枚を割り、主膳に手を切り落とされた菊が屋敷裏の古井戸に身を投げたとされる。
姫路城内には「お菊井戸」と呼ばれる井戸が現存するが、江戸時代には「釣瓶取井戸」と呼ばれており、大正初期に姫路城が一般公開された頃から現在の名で呼ばれるようになったとされる。類似の話型は出雲・土佐・尼崎など全国各地に伝わり、一説にはその数は48か所にのぼるとされる。
Traits
普段は井戸の底に潜み、姿を見せることはほとんどない。井戸端に立った者には冷たい気配を感じさせ、水面に青白い陰火を灯すことがある。屋敷の内では、誰も触れていないのに皿や食器が触れ合うような物音が響くともいう。
生前に着せられた濡れ衣と、皿一枚の咎で受けた仕打ちへの恨みは深く、数える声を聞いた者には原因不明の病や、家に続く不幸が及ぶと恐れられている。恨みは井戸そのものに縛りつけられており、夜ごと同じ場所に留まって、決してそこを離れることはない。