捨てられた経文から生まれた、宙を舞う付喪神
経凜々
経凜々 / きょうりんりん
捨てられてなお、経は経であろうとする。主を失った文字の群れが、誰も聞かぬ堂の闇で、今日も低く己を誦じている。
Overview
鳥山石燕『百器徒然袋』に描かれた経文の付喪神。平安の僧・守敏が空海との法力比べに敗れ、不要となって捨てた経巻が化けたものと石燕は記す。長い嘴を持つ鳥のような姿で宙を漂う。
Encounter
経文を納めた古寺の経蔵や、打ち捨てられた堂に現れるという。夜、誰もいないはずの堂内から低い読経のような響きが漏れ、灯を掲げれば、長い嘴を持つ鳥のごとき影が、経巻を身にまとって宙をゆらりと漂っている。人を襲うでもなく、ただ経を離れられずにさまよう姿だと語られる。
Lore
その典拠は、軍記物語『太平記』に伝わる法力比べの逸話にある。平安時代前期、京都・西寺の祈祷僧である守敏は、東寺の空海と験力を競って敗れ去った。鳥山石燕は画集『百器徒然袋』でこの妖怪を描き、このとき不用となって捨てられた守敏の経文が化けたものであろうか、と絵に書き添えている。姿には、室町期の『百鬼夜行絵巻』に見える経巻の妖怪の影響がうかがえる。
Traits
読経に費やされた歳月と、徳ある僧の手を経た経文の念がこもって生じた付喪神とされる。人を害するといった振る舞いは伝えられていないが、高僧の経文が化けたものだけに、内には侮りがたい法力を秘めるとも評される。主に捨てられてなお経の言葉を離れられず、宙をさまよい続ける物悲しい妖怪である。