嫉妬が女を変えた鬼女の面
般若(はんにゃ)
鬼になどなりたくなかった。ただ、あの人に見てほしかっただけ。——涙が乾いて角になり、声が嗄れて牙になる。悲しみと怒りは、もう同じ顔の裏と表でしかない。
Overview
嫉妬と憤怒に燃える女の鬼。姑が嫁を脅かそうと面を被り、外れなくなった「肉付き面」の伝説が有名。
Encounter
行き場を失った恨みが女の内で膨れあがったとき、その姿は立ち現れる。想う相手への執心が夜ごと募り、心が人のかたちを保てなくなると、額に角を生やし、金色の目をむき、牙をあらわにした鬼女へと変わる。能の舞台では『葵上』『道成寺』『黒塚』に登場し、白拍子や里女の面をかなぐり捨てて、この凄まじい形相を見せるという。
Lore
越前・吉崎(現在の福井県あわら市)には「嫁威し肉付きの面」の伝説が残る。夜ごと蓮如の説教を聞きに通う嫁を嫌った姑が、家伝の鬼の面を被って谷で待ち伏せて脅したところ、面が顔から外れなくなり、仏に懺悔してようやく落ちたという。能面としての般若は、女性の嫉妬と悲しみを表す鬼女面で、上半分に悲しみ、下半分に怒りを刻む。16世紀に面の種類が分化するなかで整えられ、名の由来には面打ち般若坊の作とする説などが伝わる。
Traits
顔を伏せれば眉根の寄った目元が哀しみを湛え、面を上げれば大きく裂けた口と牙が猛りを見せる。この二つの表情を一つの面に併せ持つことが般若の証で、見る角度と光によって悲嘆と憤怒が入れ替わる。恨みが深まるほど肌の色は白から赤、赤から黒へと転じ、やがて角は伸び、蛇に近い相へと変じていくとされる。想いを遂げられぬかぎり、その執心が鎮まることはない。