海底から響く、遭難した軽業師の太鼓
虚空太鼓
コクウタイコ / コクウダイコ
姿はない。ただ夏の初めの夜、潮の速い瀬戸の底から、とん、とんと太鼓が鳴る。海に呑まれた軽業師が、届かぬ拍子を今も打っている――音だけが、波を越えて岸へ渡ってくる。
Overview
山口県の大畠瀬戸に伝わる、姿を持たず音だけがある怪異。晩春から初秋にかけての夜、海上あるいは海底から、打ち手のいない太鼓の音が響いてくる。この海の難所で遭難した者の魂が鳴らしているのだと語り継がれてきた。
Encounter
本州と周防大島を隔てる潮流の速い難所、そこが舞台の海峡である。晩春から初秋にかけての夜、ここを舟で渡る者や岸辺に立つ者の耳に、どこからともなく太鼓の音が届く。打ち手の姿はどこにも見えず、拍子だけが波間を伝ってくる。
Lore
太鼓を打ち鳴らしているのは、この瀬戸で遭難して命を落とした九州の軽業師の魂魄なのだという。話は淀江国三「土俗伝説聞書集(二)」に記され、大正十二年(一九二三)に刊行された郷土研究誌『郷土趣味』第四巻二号に収められている。
Traits
実体は音のみで、姿かたちを持たない。人を襲うことも、舟を沈めることもなく、聞いた者に災いが及ぶとも伝えられない。ただ毎年きまった季節、決まった海域にだけ現れ、海鳴りに紛れて絶えず太鼓の音だけを響かせ続ける。