妖怪の総大将と称される家宅侵入者
ぬらりひょん
滑瓢 / ぬうりひょん
「妖怪の総大将」――そう呼ばれ始めたのは、実はつい最近のこと。正体はいまだ知れぬまま、宵の口の忙しさに紛れて他人の家に上がり込み、今日も涼しい顔で茶をすすっている。
概要
夕方の忙しい時間に勝手に人の家に入り込み、茶を飲んだり煙草をふかしたりする。妖怪の総大将とも称される。
出現
夕暮れ時、家人が家事や夕餉の支度に追われて手薄になる隙を突いて現れる。勝手口や座敷から上がり込み、悠然と茶をすすり煙管をくゆらせるが、正体を問い詰めても答えず、捕らえようとしてもぬらりくらりと手をすり抜けて姿を消す。瀬戸内海沿岸では、漁師が海面に浮かぶ丸い頭状のものを捕らえようとすると沈んでは浮かぶ球状の怪異としても目撃される。
伝承
ぬらりひょんは、江戸時代の妖怪絵巻や辞書にその名が見られる妖怪で、鳥山石燕の『画図百鬼夜行』(安永5年・1776年刊)には駕籠から降りる老人風の姿として描かれている。ただし同書には詳しい文章解説がなく、絵と名称のみが示されているにとどまる。図像としてはこれより古く、佐脇嵩之による『百怪図巻』(1737年)にも大きな頭の老人姿で描かれている。
名称の最古級の用例は井原西鶴の俳諧『西鶴五百韻』(延宝7年・1679年)に見られる「ぬらりひょん」で、これは特定の妖怪の固有名詞ではなく、物事の様子や人の性質を形容する副詞的な言い回しであった。江戸後期の辞書『俚言集覧』(1797年頃成立)には「鯰のようにつかまえどころのない架空の化物の名」として記載があり、この頃には妖怪画の中の名称として認識されていたとみられる。
岡山県には、瀬戸内海に浮かぶ球状の海の妖怪としての「ぬらりひょん」の伝承があり、これは石燕系の老人姿の妖怪とは別系統とされる。秋田県では菅江真澄の『雪の出羽路』(1814年)に、百鬼夜行の一員としてその名が記されている。
「夕方に人の家に上がり込み、家主のように振る舞う」「妖怪の総大将である」といった、現在広く知られる人物像は、民俗学者・藤沢衛彦が『妖怪画談全集 日本篇 上』(昭和初期刊)で石燕の図版に付した「まだ宵の口の燈影にぬらりひょんと訪問する怪物の親玉」というキャプションに由来するとされ、妖怪研究家の村上健司や多田克己は、これが後年拡大解釈された創作であり、江戸期以前の文献にはそうした記述が確認されないと指摘している。この人物像は、後にテレビアニメ『ゲゲゲの鬼太郎』第3作(1985年放送開始)で本格的に採用され、大衆文化を通じて広く定着した。
特徴
ぬらりひょんは、夕暮れ時、人々が家事や夕餉の支度で忙しくしている隙を狙って、勝手に他人の家に上がり込む妖怪である。頭が大きく、羽織姿の初老の男のような身なりで現れ、まるで自分の家であるかのように振る舞う。
家人に見咎められても慌てる様子はなく、悠然と茶を飲み、煙管で煙草をくゆらせる。誰何されても正体を明かさず、かといって手荒く追い出そうとしても、その姿はぬらりくらりと手をすり抜けてしまい、いつの間にか姿を消している。
金持ちの大きな家を好んで狙い、主人の気の緩む隙を巧みに見つけて訪れるのが得意技である。長居をすることは少なく、用が済めばまたどこかへ静かに立ち去っていく。
瀬戸内海の一部地域では、海に浮かぶ球状の姿でも知られており、捕まえようとする漁師の手をすり抜けては沈み、また浮かび上がることを繰り返してからかう。この海の姿と、陸の家々を渡り歩く姿の関係は定かではなく、その正体はいまだ多くの謎に包まれている。
鯰のようにつかまえどころのない架空の化物の名称
俚言集覧