主を喪った狩り装束の付喪神
無垢行騰
むくむかばき
脱ぎ捨てられても、脚の形を忘れぬ。主が駆けた山を、毛皮だけがいつまでも駆けている。
概要
無垢行騰は、鳥山石燕の画集『百器徒然袋』に描かれた付喪神。行騰とは、馬上での遠出や狩りの際に脚を覆った毛皮の装束をいう。非業の死を遂げた武将の古びた行騰が、その怨念を吸って化けたものとされ、石燕自身の創作妖怪と考えられている。
出現
現れるのは、巻狩りの行われた山あいや、狩人が装束を脱いで置き去った野末。主を失った毛皮がひとりでに四つ足の獣めいた形を取り戻し、下草を踏み分けて動き出すという。夜露に濡れた古い行騰を見かけたら、それは持ち主の無念がまだ抜けきらぬ証だとされる。
伝承
石燕は解説に「赤沢山の露ときへし河津三郎が行騰にや」と記す。『曽我物語』で曾我兄弟の父・河津三郎祐泰が伊豆の赤沢山で討たれた際に着けていた行騰が化けたもの、との夢想である。裏づけとなる民間の言い伝えはなく、仇討ちの故事に狩装束を掛け合わせた石燕の趣向とみられる。
特徴
主の情念を宿すため、無垢行騰はただの抜け殻ではない。毛皮でありながら四肢を備えた獣のように這い、仇や獲物の跡を執拗に追う気配をまとう。無垢とは汚れなき毛並みを指す語だが、その名に反して晴らせぬ遺恨を内に畳み込む。触れれば、失われた主のぬくもりがわずかに残るともいう。