楽屋で夜ごと斬り合う人形芝居の怪
人形の霊
幕が下りても、恨みの筋書きは終わらない。楽屋の暗がりで、木の刀と絹の衣擦れだけが夜通し斬り結ぶ。
概要
浄瑠璃『仮名手本忠臣蔵』の舞台に使われた高師直と塩冶高貞、二体の人形に宿るとされる怪異。芝居がはねた後の楽屋で、演目そのままに斬り結ぶ音が聞こえるという。江戸後期の奇談集『絵本百物語』の一話「夜の楽屋」が原話で、後に「人形の霊」の名で親しまれるようになった。
出現
興行を終えた浄瑠璃小屋の楽屋、片付けられた人形が並ぶ暗がりに現れる。灯りを落として誰もいなくなった夜更け、木箱や衣装棚の陰から、刀を打ち合わせるような硬い音と衣擦れの気配が漏れ聞こえてくる。夜が明ける頃には人形はもとの位置に戻り、争った形跡は残らない。
伝承
天保12年(1841年)刊の奇談集『絵本百物語』第四十三話「夜の楽屋」に語られる。高師直と塩冶高貞、『仮名手本忠臣蔵』の登場人物を象った二体の人形が、夜ごと楽屋で争っていたという。舞台の上で演じ続けた役柄の遺恨が、人形そのものに移ったのだと語り伝えられている。
特徴
この妖怪自体は人を襲わず、争うのはあくまで人形同士である。演じた役の因縁が形代である人形に染み付き、芝居が終わって主を離れた夜だけ、独りでに動き出して舞台の続きを演じる。夜が明ける頃には静まり、何事もなかったように元の姿へ戻っている。