死の前日に現れる、もう一人の自分
オマク
オモイオマク
昼の普請場に、寝ついているはずの娘が立っていた。誰も怪しまなかった。翌日、その娘は息を引き取った。遠野では、思いが身体より先に歩き出すことがある。
概要
岩手県遠野地方で語られる怪異。生者や死者の思いが凝って出歩く姿が、幻となって遠く離れた人の目に見えることをオマクと呼ぶ。死期の近い者の魂が、本人の与り知らぬところで生き写しの姿を現すとされ、多くはその者の死の予兆として受け取られた。
出現
遠野の村々で、病臥中のはずの者や遠方にいるはずの者が、ふと日常の場に姿を見せる。土淵村光岸寺の普請場では昼の休みに近隣の娘が現れ、傷寒で寝込んでいるはずと訝しがられた。川面に実家の光景が映り、身内の後ろ姿が見えたという例も伝わる。
伝承
オマクの語は柳田國男が1935年に刊行した遠野物語拾遺の第百六十話に採られている。1910年の遠野物語本編には見えず、後年の拾遺で遠野地方の呼称として記録された。語り手佐々木喜善はこの語を知らず、オモイオマクという言い方に覚えがあると後に確認され、語源には定説がない。
特徴
オマクは害をなす祟りではなく、魂が肉体を離れて姿を映す予兆の怪異である。思いの強い者や死の近い者の姿が、当人の意思とは無関係に遠く離れた場所へ現れる。見た者はしばらく本人と信じて疑わず、幻はやがて消える。数日のうちに、その者の訃報が届くことが多い。