瀬戸物の付喪神、器物の大将

瀬戸大将

せとたいしょう

割れた茶碗にも、意地がある。徳利の兜を戴き、瀬戸物の軍勢は今宵も唐津へと攻め寄せる。

瀬戸大将の立ち絵

危険度・希少度

C
戦闘力

驚かせ、転ばせる程度。命までは取らない。

D
敵対性

人への害意はなく、時に福さえもたらす。

A
稀少性

限られた土地でだけ、まれに語られる。

概要

瀬戸大将(せとたいしょう)は、鳥山石燕の画集『百器徒然袋』(天明4年・1784年)に描かれた付喪神。壊れて捨てられた瀬戸物が寄り集まって生まれた妖怪で、徳利の頭に燗鍋を背負い、皿や丼を鎧、しゃもじを足とした、瀬戸物尽くしの甲冑姿の武将として描かれる。

出現

古びた瀬戸物を打ち捨てた蔵や物置の隅で、割れ茶碗や欠け徳利が夜な夜な寄り集まり、やがて一個の武将の形をとって立ち上がる。器物の将となったそれは、唐津物の軍勢を相手取り、焼き物同士の合戦を繰り広げるという。

伝承

この妖怪は石燕の考案によるもので、背景に実際の言い伝えがあるわけではない。添えられた文は『三国志演義』の関羽と曹操を器物に見立て、「からつやきのからきめ見せし」と唐津焼をかけて、瀬戸物と唐津物の焼き物合戦になぞらえた言葉遊びになっている。月岡芳年も慶応元年(1865年)の錦絵に、石燕を参考にした姿を写している。

特徴

数々の器物を鎧兜として身にまとい、器物の軍勢を率いる将としてふるまう。後世の書物では、唐津焼との合戦に勝って家庭の器の主流を瀬戸物にした立役者とも語られるが、これは石燕の見立てを膨らませた解釈とされる。瀬戸物という名は、瀬戸の焼き物が陶磁器の代名詞となったことにちなむ。

瀬戸大将のカバー画像