夜の牛小屋を襲う黒い獣
牛打ち坊
うしうちぼう / 牛打坊
朝、牛は倒れていた。首筋に、牙の跡がふたつ。傷はごく浅い。それだけで、一頭の命が消える。黒い影を見た者は、誰もいない。
概要
牛打ち坊は、徳島県北部(板野郡・名東郡など)に伝わる、牛馬を害する妖怪。夜更けに現れ、わずかな傷をつけただけで牛馬を死なせたという。正体をはっきり見た者はなく、狸に似た黒い獣とも、猛毒を持つ怪ともいわれ、旧暦盆の火祭りで退けられると信じられた。
出現
現れるのは決まって夜更け、家人の寝静まった牛小屋のなか。翌朝、飼い主が見ると、前夜まで達者だった牛馬が二本の牙のような跡を残して息絶えている。姿を目にした者はほとんどおらず、板野郡栄村(現・板野町)あたりでは、その小さな傷から毒が回ったのだと語られた。
伝承
寛政期の阿波の古書『阿州奇事雑話』は、牛打ち坊が夜更けに牛小屋へ入り、牛馬にわずかな傷を負わせただけで死に至らしめたと記し、その正体を狸に似た黒い獣と伝える。板野郡・名東郡・名西郡・海部郡などでは、旧暦七月十三日に竹と藁で盆小屋を組み、翌未明にこれを焼いて牛打ち坊を退ける行事が行われた。
特徴
狸に似た黒い影となって家畜のもとへ忍び寄り、牛馬だけを狙う。牙で刻んだわずかな傷から猛毒を流し込み、大きな牛馬をも一夜で斃す。人を直に襲った話は伝わらないが、村の生計を握る牛馬を的にする点で深く恐れられた。盆小屋の火をくぐれば、その年は寄りつかぬとされた。