長老にまで出世した三味線の付喪神
三味長老
弾く手はもういない。それでも弦は震え、撥を持たぬ手が澄んだ音を紡ぐ。沙弥は長老にはなれぬというが、この三味線だけは、幾世代もの指の記憶を重ねて、とうに長老の座についている。
概要
長年弾き込まれ、捨てられた三味線が化した付喪神。琴の付喪神・琴古主と同様、楽器に宿った念が形をとった存在とされる。名は「沙弥から長老にはなれぬ」の諺と、沙弥(見習い僧)=三味の掛詞に由来する。
出現
使い込まれた末に打ち捨てられた古い三味線が、誰にも弾かれぬまま、闇の中でひとりでに音を奏で始める。座敷の隅や納戸に長く置き去りにされた楽器ほど、こうして自ら鳴り出しやすいという。
伝承
鳥山石燕が天明4年(1784年)に刊行した妖怪画集『画図百器徒然袋』巻之中に、器物の妖怪=付喪神の一体として描かれる。「沙弥から長老にはなれぬ」という諺と三味線の音を掛けた言葉遊びに基づく創作で、石燕自身による詳しい詞書は残されていない。
特徴
見習いの沙弥がすぐには長老になれないという諺「沙弥から長老にはなれぬ」になぞらえ、幾人もの奏者に長年使われた三味線ほど格が上がり、ついには僧の最高位・国師長老に相当する古老の風格を帯びるとされる。楽器そのものの精と、持ち主たちの念が重なり合って生まれる付喪神である。