薬売りの無念が凝る冷たい怪火
地黄煎火
熱くないのに、見た者の胸だけは冷える。松の根方に浮かぶ火は誰を焼くでもなく、ただ雨の夜ごとに同じ場所を漂う。奪われた飴売りの銭より軽く、しかし消えることのない無念の重さがそこにはある。
概要
地黄煎火は、近江国水口(現・滋賀県甲賀市)にあった膝頭松という大木のあたりに現れる陰火。盗賊に殺された地黄煎売りの執心が化けたものとされ、熱を持たない火として雨の夜に飛ぶという。
出現
現れるのは、水口から続く街道沿いの泉縄手、大きな松の根方。雨の降る夜になるとふわりと火の玉が浮かび上がり、あたりを漂うように飛行する。追いかけても燃え移ることはなく、熱もほとんど感じられないという。
伝承
地黄煎(穀芽の粉に地黄の汁を練り合わせた飴)を売り歩いて生計を立てていた男が、盗賊に襲われ、なけなしの財産もろとも命を奪われた。その無念は亡霊としてではなく陰火という形でこの地に留まり、里人は男の商いの名にちなんでこの火を地黄煎火と呼びならわした。
特徴
地黄煎火は炎とはいえ熱を発しない陰火で、燃え盛るというより淡く漂うように大木のまわりを飛び回る。取り憑く相手も襲う対象も持たず、雨の夜になると決まってその場に現れては、誰にともなく飛び続ける。生前奪われた銭への執心だけを動力に、今もなお居着いているとされる。