霊峰を統べる、山の大妖にして神

天狗

てんぐ / あまつきつね(天狗の古訓) / 鼻高天狗 / 烏天狗 / 木の葉天狗 / 大天狗 / 小天狗

「山で大木を伐り倒す音が聞こえても、決して振り向いてはいけない。」翌朝、倒れた木は一本も見当たらない。赤い顔の主は今日も高い空から、驚く人間の顔を眺めて笑っている。

天狗の立ち絵

危険度・希少度

A
戦闘力

人の命を奪う明確な攻撃手段を持つ。

B
敵対性

縄張りや禁忌に触れた者を積極的に襲う。

C
稀少性

広く知られるが、日常で出遭うことはまれ。

概要

山を支配する強力な精霊。幻術や憑依能力を持ち、山の神として祀られる。

出現

出遭うのは、人の踏み入らぬ深山幽谷や、修験の行者が籠もる霊峰の奥深く。梢のざわめきの向こうから高笑いが響き、歩き慣れた道が急に見知らぬ景色へと変わる。山の空気が張りつめ、行けども里へ出られぬと気づいたなら、それはすでに天狗の縄張りへ迷い込んだしるしだという。

伝承

「天狗」という語は元来、中国において凶事を告げる流星・彗星を意味した。日本での文献上の初出は『日本書紀』舒明天皇9年(637年)の記事とされ、都の空を音を立てて飛んだ大きな星について、学僧・旻が「これは天狗(あまつきつね)である」と説明したと記されている。この段階での天狗は流れ星、あるいはそれに伴う轟音を指す言葉であり、後世の妖怪としての天狗とは性質を異にする。

平安時代中期以降、「あまつきつね」という和訓の影響もあり、天狗は人を化かす存在として認識されるようになった。中世(11~14世紀)には仏法の敵、あるいは増上慢の末に堕落した高僧が転生する姿として語られ、南北朝時代以降は戦乱の予兆を告げる存在ともされた。

姿については、山伏の装束をまとい高い鼻と赤い顔を持つ「大天狗」と、嘴を持ち烏のような姿の「小天狗(烏天狗)」に大別される。中世においては嘴のある姿がむしろ主流で、鼻の高い天狗が一般化するのは近世以降とされる。各地の霊山にはそれぞれ大天狗が住むと伝えられ、愛宕山太郎坊・比良山次郎坊・鞍馬山僧正坊など代表的な8体は「八天狗」と呼ばれる。江戸時代成立の祈祷経典『天狗経』には、四十八天狗の名と「十二万五千」という象徴的な総数が記されている。

江戸時代に入ると天狗は山の神、火伏せの神として信仰される側面が強まり、修験道の飯縄信仰とも習合した。一方で、山中での怪音「天狗倒し」、原因不明の落石「天狗礫」、子供の失踪を説明する「天狗攫い」など、説明のつかない現象を天狗の仕業とする伝承も各地に残されている。

特徴

天狗は深い山や霊峰に棲む妖怪で、赤い顔に高い鼻、山伏の装束を纏い、背に翼を持って自在に空を飛ぶ。位の高い者は「大天狗」と呼ばれ、羽団扇や錫杖、剣を携える。配下には嘴を持ち烏のような姿をした「小天狗(烏天狗)」が数多く従い、身は軽く武芸に長けている。

各地の霊山にはそれぞれ縄張りを持つ大天狗が棲み、鞍馬山の僧正坊は牛若丸に武芸を授けたと伝わるほどの剣の達人であり、愛宕山の太郎坊は日本中の天狗を束ねる筆頭格として恐れられている。全国には四十八の名だたる天狗がおり、その配下まで含めれば十二万五千とも言われる大所帯を形成している。

夜の山中で木を伐り倒すような大きな音を響かせておきながら、翌朝には倒れた木の一本すら残さない「天狗倒し」といういたずらを好む。どこからともなく石を降らせる「天狗礫」で旅人を驚かせることもある。

気に入った子供をさらって山中や空へ連れ去り、術や知識を授けてから何年か後にひょっこり里へ帰すこともあるが、これに遭った子供は決まって「天狗と共に諸国の名所を見て回った」と語る。

修験道の行者を守護し、深山での厳しい修行に力を貸す一方、名利を求める傲慢な僧侶や恨みを抱いて死んだ者を、死後みずからの眷属として迎え入れるとも言われている。

天狗のカバー画像