神隠しの果てに老いて還る女
寒戸の婆
サムトの婆 / 寒戸のばば / モンスケ婆
梨の木の下に、小さな草履がふたつ。娘はどこへでも行けたはずなのに、三十年の後、選んで還ったのはこの家だった。――そして今日は、よく風が吹く。戸を叩いているのは、はたして木の枝だろうか。
概要
娘の頃に神隠しに遭い、三十年余りののちに老女となって里へ戻ってきたと語られる、遠野の女。強い風の吹く日にこそ現れるとされ、東北に数多い神隠し譚を代表する一挿話として知られる。
出現
風の烈しく吹き荒れる日にこそ里へ立ち戻るという。梨の木の下に草履をそろえて置いたまま忽然と姿を消した娘は、以後は山の側の者となり、身内の集う家に、老いさらばえた顔でふいに姿を見せる。
伝承
上閉伊郡松崎村の娘が失踪して三十年後、親族の集まる座敷へ白髪の老婆となって現れ、皆に逢いたかったがもう山へ戻らねばならぬと告げて去った。その日が大風であったことから、里では荒れる日を「今日は帰ってきそうだ」と言い習わすようになった。
特徴
人を害する力は持たず、ただ懐かしさに引かれて里へ戻るだけである。だが一度山の者となった身は長くとどまれず、束の間の再会を残してまた去ってゆく。里ではその往来を風に重ね、強く吹く日を、婆の帰る日として恐れ、また偲んだ。