寝息をすする、老いた蝙蝠の怪
山地乳
野衾 / さとりかい
ひとり寝の宿はいけない。枕辺にうずくまる影に気づく者がいれば、あなたの寿命は延び、気づく者がなければ、朝は来ない。息を吸われることそのものより、誰にも見られずに吸われることのほうが、ずっと恐ろしい。老いた蝙蝠は、今夜もあなたが独りかどうかを、じっと確かめている。
概要
年老いた蝙蝠が変化したもの。寝ている人の息を吸う。吸われるのを目撃されれば長寿になるが、独りだと死ぬ。
出現
奥州の深山に多いとされ、山中で夜を明かす旅人や樵のもとへ忍び寄る。ひとり眠る枕辺にサルとも蝙蝠ともつかぬ影が屈み込み、顔を近づけて寝息をそっと吸っていく。供もなく独りきりで山の夜を越そうとする者こそ、この怪の狙うところである。
伝承
蝙蝠は年を経ると野衾となり、さらに歳を重ねて山地乳になるという。江戸後期の奇談集『絵本百物語』はこれをサルに似て口の尖った姿に描いた。寝息を吸う場に居合わせた者があれば吸われた人はかえって寿命が延び、誰にも見られなければ翌朝には落命する、と説く。
特徴
深山では『さとりかい』とも呼ばれ、人の心を読むという中部の妖怪・覚と重ねて語られる。飛膜を広げて音もなく舞い降り、寝息のほか胸を叩いて精気を奪うともいう。老いてなお夜を統べる翼は、蝙蝠であった頃の記憶をとどめているかのようだ。