山路の落日にひそむ神隠し
山霊
日が落ちる。もう少し、あと少しと急ぐ足を、山は待っていた。翌朝、梢の高みに掛かった一枚の着物。それを脱いだ本人は、とうとう二度と山を下りてこなかった。
概要
相模の山に出るという山の怪。『甲子夜話』に記され、日の暮れどきに用心もなく山へ入った者を襲い、その衣服だけを木の梢に残して、人を跡形もなく消し去るという。山中の神隠しを引き起こす正体として恐れられた。
出現
日が山の端に落ち、道が藍色に沈むころが危うい。用心を忘れて薄暮の山路をひとり行く者に忍び寄り、声も立てさせぬまま連れ去る。あくる朝、捜しに入った者が見つけるのは、高い梢に引っかかった衣服ばかりで、当人の骸はどこにもない。
伝承
『甲子夜話』は肥前平戸藩主・松浦静山が書き継いだ随筆で、諸国の怪異を数多く収める。そのなかに、相模国(神奈川県)の山で日暮れに人がさらわれ、衣服だけが木上に掛かって残されたという話があり、これを山霊のしわざと伝える。
特徴
人を襲うのは決まって落日から宵の口にかけてで、昼間や、用心深く連れ立って歩く者には手を出さないという。獲物を高い梢へ運び上げる膂力をもちながら、衣だけを器用に脱がせて残すのは、そこにいた証しをあえて掲げるかのようでもある。