幽霊に化け、葬列まで演じる古狸
幽霊狸
「おのれ不孝者め、取り殺してやる」。土を割って現れた母に、兵八は迷わず手斧を振り下ろした。悲鳴を残して落ちたのは、まぎれもない母の骸。だが朝日が照らし出したのは、一匹の古狸のなきがらだった。
概要
阿波・猪尻村の大榎の下にすんだ古狸。人の幽霊はもちろん、葬式の行列までも仕立てて通る者を化かした。豪胆な兵八に正体を暴かれ、母の幽霊に化けたところを手斧で討たれると、朝には一匹の古狸の骸に戻っていたという。
出現
樽井の墓地に立つ大榎、その根方がこの古狸の巣だった。夜ここを通る者は少なからず化かされる。豪胆で知られた兵八が正体を暴こうと大榎に登って夜を待つと、真夜中、母の危篤を報せる提灯が近づいた。やがて村じゅうの提灯が集まり、木の下で葬いまで始まったのである。
伝承
人を化かす狸の話が色濃く残る阿波では、幽霊はもちろん葬列まで演じる古狸の怪異が語り継がれてきた。兵八に討たれた母の幽霊の骸が、夜明けには一匹の老狸に戻っていたというこの一話も、笠井新也「阿波の狸の話」に採られ、樽井の大榎の主として伝わる。
特徴
人ひとりを化かすにとどまらず、村の全戸を巻き込む葬列という大芝居を一夜のうちに仕立ててみせるのが、この古狸の芸である。肉親の死という急所を突いて心を乱し、幽霊に身をやつして襲いかかる。だが化けの術も刃の前には解け、討たれれば老いた狸の姿へと戻る、樽井の主であった。