恋の執念が乗り移る憑き物
生霊憑き
叶わぬ恋は、生きながらにして魂を旅立たせる。憎んでなどいない。ただ、そばにいたいだけなのだ——それが、いちばん恐ろしい。
概要
深い恋心が抑えきれぬ執念となり、生霊となって想い人に取り憑いて苦しめる怪異。憑いた娘が世を去った後も、なお幽霊となって離れず憑き続けたと伝わる。
出現
京都の問屋・松任屋の一件が名高い。十五ほどの息子・松之助に、近所の二人の娘の恋慕が生霊となって取り憑いた。松之助は呵責に苛まれて宙に浮くほど身をよじり、見えぬ相手と対話を繰り返したという。
伝承
江戸中期の随筆『翁草』巻五十六「松任屋幽霊」に記される。享保十四、五年頃、松任屋徳兵衛の息子に娘たちの生霊が憑き、責め苛まれた。高僧・象海和尚が折伏してようやく本復したが、事の噂は広まり、見物人が押し寄せたという。
特徴
生きた人間の断ち難い恋慕や妬みが、本人も知らぬうちに魂となって身を離れ、想い人に取り憑いて責め苛む。憑かれた者は次第に衰弱し、正気を失っていく。想いを遂げられぬまま娘が世を去れば、その魂は死霊と化してなお離れず憑き続けるという。