森を白く駆けぬけ、熱を置いていく奇獣
白猿
白い、と気づいたときにはもう遅い。梢を鳴らして消えたその影の残り香が、その晩、あなたの額を焼く。——だから狩人は、白猿にだけは狙いをつけない。撃ったところで、熱がもう一つ増えるだけだから。
概要
福岡県の山あいに伝わる、全身が雪のように白い猿の奇獣。姿を目にした者は毒気にあてられたように身体が熱を持ち、その晩から高い熱にうなされて床に臥せるといわれる。
出現
犬鳴川の上流、若宮のあたりに広がる深い森が縄張りとされる。木々の緑にただ一点、白い毛並みがよぎったと思う間もなく、見た者は身体の芯から熱くなり、家に帰りつく頃には高熱に襲われるという。山に入った狩人がまれに見かけたという話が、細々と語り継がれてきた。
伝承
白い獣は古来、常のものと異なる神聖あるいは不吉の徴とされ、白い猿もまた人に祟りをなす山の主として畏れられた。この地の白猿は、その身から立ちのぼる毒気が熱の病を呼ぶと恐れられ、深追いも捕獲もはばかられてきた。同じ名の白猿は羽州にも伝わるが、そちらは刀を帯びて人と斬り合う別の怪で、系統を異にする。
特徴
毛は根元まで白く、雪をまとったように森のなかで際立つ。人に組みついて害するのではなく、その身からにじむ毒気だけで相手を発熱させるのが白猿の恐ろしさである。すばやく梢を渡って深山の奥へ姿を消すため、その全身をはっきり見きわめた者はごくわずかしかいない。