眠る者の枕辺に憑く般若の鬼
般若憑き
また、あの刻限だ。灯を消せば、頬にかかる氷のような息。目を開けても閉じても、般若はそこで笑っている。——眠れないのではない。眠ってはいけないと、体が識っているのだ。
概要
宿に泊まった青年の枕元に現れ、冷たい息を吹き掛けて苦しめる。何度も現れるため、青年は神経衰弱になったという。
出現
旅の途中で大阪の宿に一夜の宿りを求めた者の枕辺に、それは音もなく忍び寄る。灯を消して眠りに就いた真夜中、ふと頬に冷たいものを感じて目を開けると、般若の形相をした鬼がすぐ間近から顔を覗き込んでいる。逃げようにも身体は動かず、鬼は幾度も息を吹きかけては消え、翌夜もまた同じ刻限に現れるという。
伝承
ある青年が定宿とした部屋で、夜ごと般若の顔をした鬼に悩まされたと語り継がれる。鬼は枕元に現れて冷たい息を吹きかけ、青年を金縛りのように苦しめた。幾晩も繰り返し現れたため、青年はついに眠ることを恐れ、神経衰弱に陥ったという。能面や仏画で知られる般若の面が、特定の人に取り憑く怪異として語られた例で、「神経衰弱」の語を伴うことから、比較的新しい近代の巷説と考えられている。
特徴
姿を見せるのは決まって夜半、狙う相手が最も無防備な眠りの縁でのこと。息は真冬の水のように冷たく、吹きかけられた者は胸を圧され、声も出せず手足も動かせなくなる。一度取り憑いた相手からは容易に離れず、同じ宿、同じ刻限に幾夜も通い続ける。命までは奪わないが、眠りを奪い、心を少しずつ削り取っていくところにこの怪異の恐ろしさがある。