産室に生まれ出る灰色の産怪
血塊
おぎゃあ、の前に、かさりと畳を掻く音がする。それは母より先に生まれ、母より速く逃げる。しゃもじを構えよ、自在鉤の影から目を離すな——取り逃がした産室からは、母の声が二度と返らないのだから。
概要
出産のときに現れるという産怪の一種。子猫ほどの灰色をした小動物の姿とも、舌が二枚あり毛が逆さに生えた牛面の毛むくじゃらともいう。生まれ落ちるや素早く這い逃げ、縁の下や自在鉤へ隠れおおせると、産婦が命を落とすと恐れられた。
出現
難産の床で、赤子とともに、あるいは赤子に先んじて生まれ出る。血にまみれた小さな獣が畳を這い、縁の下の暗がりへもぐり込もうとし、あるいは囲炉裏の自在鉤をするすると登っていく。その姿を取り逃がした産室では、産婦が急に容体を崩すという。
伝承
埼玉県や神奈川県に伝わり、長野県ではケッケと呼ばれる。埼玉県浦和では、出産の際に縁の下へ屏風を巡らせて血塊のもぐり込むのを防ぐ風習があった。これは妖怪の血塊と、魔を防ぐ結界の同音に掛けたものという。あらかじめしゃもじを用意し、自在鉤を登り始めた血塊を叩き落とせば産婦は助かるとも伝わる。
特徴
生まれ落ちた血塊は、驚くほど素早く母のもとから這い逃げ、暗がりや高みへ身を隠そうとする。うまく隠れおおせると、それと引き換えのように産婦の命を奪うとされる。逆に、居合わせた者が逃げるより先に取り押さえ、叩き落としさえすれば、母子ともに難を逃れられるという。産室で母の生死を分ける、生まれながらの禍つ獣である。