音で明日を告げる釜の怪
鳴釜
竈の火が最も熾るころ、鉄の腹の底から牛の唸りに似た声が這い出す。長く澄めば吉、こもれば凶、尾を引けば明日は雨。傘を持つべきか、旅に出るべきか──村じゅうが、その一鳴りに耳をそばだてた。
概要
沸騰時に動物のように鳴き、その音で翌日の雨や吉凶を予知する釜。
出現
古い寺や家の竈にかけられた釜が、湯を沸かす最中にふいに地鳴りのような音を発する。その声を聞いた者は、翌日の空模様や身に起こる吉凶を知るという。岡山・吉備津神社では神職が釜を焚き、立ちのぼる音の高さや長さから託宣を読み取る神事として、今も参拝者がその響きに耳を澄ませる。
伝承
鳥山石燕は『百器徒然袋』に、釜を頭にかぶり絵馬を提げた毛むくじゃらの姿でこれを描いた。吉備津神社の鳴釜神事は、吉備津彦命に討たれた温羅が託宣の神となり、釜の音によって吉凶を告げるようになったのが始まりと伝わる。また駿河国大住村で掘り出された釜は、鳴いた翌日には必ず雨が降ったと記録される。
特徴
ただの鉄釜と見えて、湯気の立つ間だけ声を持つ。その響きは牛の唸りにも獣の啼き声にもたとえられ、澄んで長く鳴れば吉、こもって短ければ凶、しめやかに尾を引けば翌日の雨を告げる。人を害する気配はまるでなく、耳をすませた者にだけ来たるべき天気と運命をそっと知らせる、器物の付喪神である。