特集

世界遺産の登録基準(i)〜(x)の読み方

「登録基準(iii)と(iv)」といったニュースの記号は、遺産が選ばれた理由を示す物差しだ。文化の六基準と自然の四基準からなる(i)〜(x)を、収録遺産の実例で一つずつ読み解く総論。

公開日: 最終更新:

ヴェネツィアとその潟のミニチュア

新しい世界遺産が決まると、ニュースは「登録基準(iii)と(iv)が認められた」と伝える。この(i)から(x)までのローマ数字は、その遺産がなぜリストに載ったのかを示す物差しであり、意味が分かると登録の理由まで読み解けるようになる。

物差しは全部で十ある。(i)から(vi)までは人の営みにかかわる文化の価値を、(vii)から(x)までは自然の価値をはかる。遺産はこのうち一つ以上に当てはまれば登録され、前半の六つで選ばれたものが文化遺産、後半の四つで選ばれたものが自然遺産、両方を併せ持つものが複合遺産と呼ばれる。

一つの遺産がいくつもの基準を背負うこともある。ヒーローに掲げたヴェネツィアとその潟は、文化の六基準すべてで登録された数少ない例だ。どの番号がついているかを見れば、その場所が何を評価されたのかが分かる。ここでは十の基準を性格の近いものごとにたどり、収録遺産を実例として読み方を確かめていく。

傑作を見抜く——基準(i)

最も直接的なのが(i)、人類の創造的才能を表す傑作という基準である。ただし「傑作」の中身は一つではない。

アントニ・ガウディの作品群は、一人の建築家の才能そのものが評価された。自然の構造に学んだ合理性と、波打つ曲線や破砕タイルを一体化した造形は、モデルニスモを代表する創造として世界の建築に影響を残した。対してアテネのアクロポリスが示すのは、個人ではなく古典期ギリシャという文明の到達点である。パルテノン神殿をかたどった図案がユネスコのシンボルマークにも用いられていることは、この丘が傑作の象徴とみなされてきた証でもある。グラナダのアルハンブラ宮殿は、様式の成熟という角度から(i)にあたる。水と光を計算した空間とアラベスク模様は、イベリア半島に花開いたイスラム建築の頂点とされる。個人の才、文明の絶頂、様式の完成——同じ(i)でも指し示すものは幅広い。

実際には、十の基準が均等に使われるわけではない。下の図は、収録する遺産がどの基準を多く持つかを集計したものだ。文化の基準が全体の多くを占め、なかでも建築や技術に関わる(iv)や交流の(ii)が目立つ一方、伝統的な暮らしの(v)や自然の四基準は相対的に少ない。

収録遺産の登録基準分布
収録遺産の登録基準分布 (i)91 (ii)131 (iii)125 (iv)159 (v)37 (vi)103 (vii)46 (viii)39 (ix)41 (x)45

公開中の全収録遺産の登録基準を集計。一つの遺産が複数の基準を持つため、合計は遺産数を上回る。

影響の広がりと消えた文化——基準(ii)(iii)

遺産の値打ちは、それ単独では決まらないことがある。(ii)は価値観の交流、つまりある文化が建築や技術、芸術へ与えた影響の広がりをはかる基準だ。石見銀山遺跡は、灰吹法が生んだ高品質の銀が16〜17世紀の国際交易を支え、東アジアとヨーロッパを結んだ点で(ii)に当てはまる。評価されるのは銀山そのものより、そこから世界へ伸びた影響である。

(iii)は、現存または消滅した文化的伝統・文明の希有な証人であることを問う。バーミヤン渓谷は、シルクロードを行き交った仏教文化とガンダーラ美術を伝えるが、2001年に大仏が破壊されて危機遺産となった。像を失った空の龕さえ、失われた文化の証言としての意味を持ち続ける。長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産は、宣教師のいない約250年ものあいだ共同体が守り続けた独自の信仰を示し、(iii)だけで登録された、証言としての価値が際立つ例だ。

かたちと暮らし——基準(iv)(v)

建物や景観そのものに目を向けるのが(iv)と(v)である。(iv)は、歴史上の重要な時代を示す建築や技術、景観の顕著な例をいう。百舌鳥・古市古墳群では、前方後円墳から円墳まで墳形と規模の差がヤマト王権の階層を可視化しており、巨大古墳という「型」が一つの時代を代表する。

(v)は、文化を映す伝統的な集落や土地利用の顕著な例をはかる。紅河ハニ族棚田群は、山頂の森林から水路、棚田、村までが循環する仕組みを約1,300年にわたり守ってきた、人と自然の協働の景観だ。福建土楼群は、厚い土壁の集合住宅が一族の暮らしと防御を包み込む建築の型であると同時に、農村に溶け込む伝統的集落でもあり、(iv)と(v)を併せ持つ。一つの遺産が、かたちと暮らしの両面から評価されることを示している。

出来事や信仰との結びつき——基準(vi)

(vi)はやや異質な物差しだ。建物の美しさや古さではなく、顕著な普遍的意義を持つ出来事や思想、信仰、芸術との直接の結びつきを評価する。目に見えない関わりを問うため、他の基準と組み合わされることが多い。

アウシュヴィッツ・ビルケナウは、ホロコーストという出来事の記憶ゆえに(vi)だけで登録された。過ちを繰り返さないための負の遺産と呼ばれるが、これは世界遺産条約の正式な区分ではない。ゴレ島もまた、大西洋の奴隷貿易の拠点だった歴史によって記憶の場となっている。ただし(vi)は暗い出来事だけを指すのではない。富士山―信仰の対象と芸術の源泉は、噴火への畏れから生まれた浅間信仰と、北斎らの浮世絵を通じて西洋の画家にまで及んだ芸術の広がりを結ぶ。同じ基準が、悲劇の記憶と生きた信仰の双方を包む。

自然の美と地球の歴史——基準(vii)(viii)

ここからは自然遺産をはかる四つに移る。(vii)は、ひときわ優れた自然美や自然現象を評価する、いわば「見て圧倒される」基準だ。イエローストーン国立公園の間欠泉や巨大なカルデラはその典型で、1872年に世界最初の国立公園となり、手つかずの自然を尊ぶ理念を世界へ広めた場所でもある。

(viii)は、地球の歴史の主要な段階を示す見本をはかる。ドーセット及び東デヴォン海岸は、三畳紀から白亜紀まで約1億8500万年の地層と化石が連なり、メアリー・アニングが魚竜の化石を見つけた「ジュラシック・コースト」として生命進化の記録を伝える。ジャイアンツ・コーズウェイは、冷えたマグマが生んだ約4万本の六角形の石柱が、劇的な景観美の(vii)と柱状節理という地質学の教材(viii)を兼ねる。美と歴史は、しばしば同じ崖の上で出会う。

進化と生命の多様性——基準(ix)(x)

残る二つは、生きものそのものへ向けられる。(ix)は、生態系や生物群集の進化・発展が今も続いている見本をはかる。小笠原諸島は、一度も大陸とつながらなかった海洋島で、生きものが島や環境ごとに姿を変える適応放散が進行中であり、陸産貝類の約9割以上が固有種だ。進化の現在進行形を観察できる点が(ix)で評価された。

(x)は、絶滅危惧種の生息地を含む生物多様性の保全に重要な自然の生息地をはかる。奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島は、アマミノクロウサギやイリオモテヤマネコのような固有種と絶滅危惧種を育む場として(x)で登録された。ガラパゴス諸島は、ダーウィンにひらめきを与えたフィンチの島として、進化の(ix)と多様性の(x)を併せ持つ。生命の物差しは、変わり続ける営みと、いま守るべき生息地の両方を見つめている。

次に「登録基準(iii)(iv)で登録」という見出しを目にしたら、その場所が消えゆく文化の証人として、そして一つの時代を示す型として認められたのだと読み解ける。(i)から(x)までの十の番号は、人類がなぜその場所を残そうとするのかを語る、世界共通の言葉である。

この記事の参考資料

  • UNESCO World Heritage Centre「The Criteria for Selection」(whc.unesco.org/en/criteria/)
  • 本図鑑の各収録遺産の項目本文およびその出典資料(UNESCO世界遺産センターの登録概要ほか)